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「アン姉とアン兄のロシアゆうゆう紀行」 第3回 サンクトペテルブルグ [友人の美術館]

今回は要塞のご案内です。

 

 

広い世界の歴史においても「大帝」と称される人物は数人しかいません。

 

そのうちの1人は「ロシア近代化の父」であり、長きにわたる大北方戦争(1700年-1721年)に勝利しバルト海の覇者となって、自らの名を冠した新首都サンクトペテルブルク建設を成し遂げた「ピョートル1世」です。

日本でも名の知れた「バルチック艦隊」の創設者でもあります。

 

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ペトロパヴロフスク要塞

 

サンクトペテルブルクの建都事業は1703年ザイチー(うさぎ)島の要塞工事から始まりました。

 

大北方戦争の対戦国であったスウェーデンを威圧するために建設されたこの要塞は、水路に囲まれた小島に

高さ12m、厚さ4m、全長700mの城壁を巡らした六角形をしており、ペトロパヴロフスク要塞と呼ばれています。

 

 

 

 

 

当時は5か所あったとされる城門の一つをくぐると・・・

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ペトロバヴロフクス聖堂

 

ひときわ高い尖塔を持つロシアバロック様式のペトロパヴロフスク聖堂が目を引きます。

 

この日の朝は、サンクトペテルブルクらしい小雨まじりの曇り空。

 

お天気が良ければ、尖塔の先に光り輝く天使の姿が・・見えますか?!

 

 

 

 

聖堂内はロマノフ王朝の墓所でもあります。

ピョートル大帝から最後の皇帝ニコライ2世までの歴代の皇帝、皇后、女帝などの皇族たちが眠っています。 

 

 

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ペトロパヴロフスク聖堂内部

 

 

 

白大理石製の棺が並んでいますが、中身は空っぽ。その場所の地下深くに埋葬されているそうです。 

 

 

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ピョートル大帝の棺には胸像が置かれ、その斜め奥にはエカテリーナ2世の棺が安置されています。

 

 

 

 

 

 

敷地内には、ピョートル大帝の実寸大の銅像が!

 

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ピョートル大帝 銅像

 

 

その名にふさわしく大足で、2mを超える大男。

 

その上、大酒飲みで、大砲好き、そして新都建設という大事業まで成し遂げた、

まさに名実ともに「大帝」なのです。

 

 

異常に長く伸びた細い指も印象的!

 

身分を隠し、偽名を使ってヨーロッパ視察団に潜り込み、船大工として働きながら造船技術を習得したり、

 

家臣たちを怖れさせた外科医療、抜歯、ひげ剃り等々、14の手仕事をこなしたとされる器用さがうかがえますね!

 

 

現在も流通しているコインが製造されている象兵経があったりします

 

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造幣局

 


実戦用には使われなかったこの要塞は、ピョートル大帝の政敵を閉じ込める監獄として使用された歴史があります。最初の囚人は(ピョートル大帝の)ひとり息子のアレクセイ皇太子というのですから、

やっぱり「血まみれロマノフ王朝」ですね。


19世紀以後は、専制ロシアの社会改革に身を投じたナロードニキ、テロリスト、革命家などが収容され、ドストエフスキーやゴーリキーも入獄していたそうです。

 

Photo by アン姉とアン兄/cordinate by アン姉/Fotografica E Cachorro/All rights reserved

 

 

 

 


ぐっち地方はやっと冬の時期になりました、というのも変ですが、小雪まじりの冷たい雨が降ってました。

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