「アン姉とアン兄のロシアゆうゆう紀行」 第24回 [友人の美術館]
「モスクワ・クレムリン」は、12世紀中頃、ユーリー・ドルゴルキー公が木造の砦を築いたことに始まります。
その後、歴代のモスクワ大公によって拡張・改築され、16世紀初めワシリー3世の時代にほぼ現在の姿になりました。
クレムリンはロシア語で「中世期にロシアで築かれた城塞」全般を意味し、歴史上、重要であった古都には、大抵、その中心に大聖堂、王族や聖職者の宮殿、武器庫を備えた「クレムリン」が存在します。
そして、モスクワ・クレムリンはロシア最大のクレムリンです。
早速、トロイツカヤ塔からクレムリン内へ入ってみましょう!
国立クレムリン宮殿
門をくぐり、最初に目にするのは、クレムリン内で最も近代的で、他とはちょっと雰囲気の異なる、この建物。
かつてはソ連共産党大会などで利用されていましたが、現在は国際会議やオペラやバレエの劇場として利用されているそうです。
城壁の内側から見た「ロシア連邦大統領府」
特別に警備が厳重である訳でもないのに、妙に威圧的で、近寄りがたい印象を受けるのは、やはりあのお方のせい?!
大砲の皇帝
ロシア人の大好きな「大」のつくもの(笑)
余談ですが、オペラやバレエで有名なボリショイ劇場の「ボリショイ」もロシア語で「大きい」という意味です。
明らかに大砲の口径よりサイズの大きい砲弾なのに、コンピューター計算上では6mは飛ぶとのこと?!
外敵を脅すために造られたこの大砲、一度も「撃たず」のまま、歴史的文化財として据え置かれました。
イワン大帝の鐘楼の下に鎮座する「鐘の皇帝」
クレムリンの内庭にある、もう一つの「大」きな記念物
18世紀、暗黒の10年と呼ばれるアンナ女帝時代に貴族たちの財力をそぎ取るために供出させた大量の金銀財宝が鋳込まれたと伝わる鐘。
ロシア貴族の怨念が込められたこの鐘は、不幸にも火災に遭い、放水のために割れてしまったため、一度も「鳴らず」のまま、歴史的文化財となりました。
Photo by アン兄とアン姉/cordinated by アン姉/Fotografica E Cachorro/All rights rewserved